過去の自分と、今の自分と、勇気

私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」


今日もいつものスターバックスで、水出しコーヒーを飲んでいる。
少しずつ梅雨の空模様から夏の空模様に移り変わる時期で、ちょっと気持ちもじめっとしてしまう。

耳からはELLEGARDENが流れている。
「気休めぐらいになればいいよ 道に迷って引き返して 時間だけ過ぎて行くけど」
そういう歌い始めで今日も優しく、細見さんは歌っている。

過去の素晴らしき自分

ここのところ、過去の自分に戻りたいと思うことが増えた。
「自分が思うままに。自分の好きに。記事を書こう」
と定めたのはいいのだが、どれだけ自分を引き出そうとしても「自分」が出てこないのだ。

15年前の自分はすごい繊細で、とても様々なものが見えたり聴こえていた。
その分だけ不安定な部分もあったけど、それだけ沢山のことを知っていた気がする。

結局、その不安定さが嫌で「見えない世界からの影響を受けてもぶれない自分」を目指したのだけど。
逆に今、「見えない世界をそのまま感じて表現できる繊細な自分」を望むとは見事な「ないものねだり」だ。
とにかく、過去の自分の「繊細さ」や「文章力」が羨ましい。

「あのときは、自分の思うままに書けたなぁ。歌えたなぁ。今はできない…どうしてだろう」
と、水出しコーヒーを一口飲む。

過去の自分は「何かを書くこと」や、「何かを作ること」が苦労なくできていた。
「誰かに何かを認めて貰いたい」という思いよりも、「自分から溢れでる感情をかたちにしないことには消化できない苦しみ」の方が勝っていた。
あふれ出る気持ちでいっぱいだったのだ。悲しみも、苦しみも、希望も。喜びも。

なんだろう?何を失ったのだろう。

ただ、自分の思いをまっすぐに受け止めて、言葉にできていた過去の自分が羨ましい。
その繊細さに共感できる部分があって何年も前に書いた文章に、自分が「はっ」とすることだってあった。

それが今、ない。
どこにいったのだろう?どこに落としてきたのだろう。

答え

いや、答えは知っている。自分で認めたくないだけなんだろう。

歳をとるにつれて沢山の「信じること」を置いてきた。
異性に対する望み、社会に対する望み、人間に対する望み…そして、何かに「希望」を持つことを忘れてきてしまったんだ。

だから、きっと今は「まだ見ぬ世界」…「人が少しでも幸せに生きる世界」を言葉にできないのだと思う。
自分が正直な言葉を書けないのだと思う。

…本当にそうなのだろうか。ただ、そう思っているだけなのではないか。
それすら嘘なのではないか。「希望を失った自分」も本当ではない…どこかに本当の「表現できない」自分がいるのではないか。
そうやって、自分の感情を否定して。「今の自分のこころ」を何もないものとしている…そうではないか。

…そうだよね。
ただ自分は、「今の自分のこころ」や「感じること」が人に受け入れられないことば怖いだけなのだと思う。

過去の自分の言葉は自分が好きで。
だけど、「今の」自分のことばも、それも「自分」なわけで…嫌いな訳じゃない。本当は。

「過去の自分のことば」にあって、「今の自分のことば」にないものは「正直さ」だ。
それは「自分の思いをそのままに書く」という…自分を見せる「勇気」がないことでもある。

ただ、それだけで。
「今のこころ」が「過去のこころ」に劣っているわけではない、と思う。

うん、そうだ。

別に希望を持てなくなったわけではない。
確かに年を取るにつれて、沢山のことを失ってきた。
自分の意志で捨ててしまったものも、沢山あった。

でも、だからこそ「手に残った大切なもの」は昔より余計に光り輝いている。
「これだけは忘れちゃいけない、信じたいもの」が今、自分の「こころ」にある。

書こう。

今こそ、自分の「こころ」を。

「いいね」がつかなくたって良かったはず。「SNSでシェア」されなくても気にしなかったよね。
そう、きっと過去に比べて「評価されること」を意識してから「勇気」を持てなくなったんだよね。
自分の思いを、そのままに書けなくなった…書かなくなった。

いい文章を書いて評価されることは大切だよ。
でも、そうじゃなくてもいいじゃないか。
それよりも「自分が、自分じゃない。自分が書いている言葉が、自分じゃない」方がよっぽど怖いじゃないか。

だったら、今のままでいい。
自分の心を絞りつくして、そのまま味を調えることなくそのまま出してしまおう。
自分の「ことば」を、「想い」を。

店内にて

店内では、チョコレートクッキーを当ててめているだろう、少し焦げっぽい甘い小麦粉のにおい。

過去の自分にあって、今の自分にないものは「繊細さ」じゃないし「想いをかたちにする力」でもない。
「自分を信じる勇気」と「正直さ」なんだと思う。そして「楽しむこころ」。

文字を書くこと。歌うこと。心を言葉にすること。
どれも楽しかった…そう、誰かに評価されるからではなく「そうすることが楽しかった」。

もう一度、自分が書いてしあわせで、自分が読んで泣ける文章を書こう。
でも、いつかは「誰か」を救ったり、人を幸せにする文章を世に送り出すことも夢見ていよう。

「できない自分」に正直にいよう。
「生まれた想い」を大切にしよう。

それが過去を羨んでいて、だけどその過去にはない、たくさんものを持った「今」の自分。
そう。ただ、「こころ」のままに書けばいいんだなって。

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