生きることを信じたくなった自分の話

私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」


どうも、こんにちは彗光です。
前回の記事を書き終わって、ふと落ち着いたときに
「これ(前回の記事)、読んだ人に少し心配かけさせないかな」と思いまして。
また私事で恐縮ですが…補足的な立ち位置で、自分のことを書いて頂こうと思います。

前回記事はこちら。


前回の記事で「自分が困窮したときの話」を書きました。そして、今は立ち上がっていることも。
ただ、「立ち上がった部分」が少ないように自分で思えたので、今日は少し補足していきますね。
誰かの生きるきっかけになればいいなと思います。

「自分の世界が変わること」というのは、時に突然訪れるものでして。

私の場合は、自分のお客さんであり、友人である人と話をしたことがきっかけになりました。
特にそういった用事があったわけではないのですが、流れで自分の塞ぎこんだ気持ちの話をすることになりました。

その方は、「とても霊能力が強い」というわけではないのですが、そのときは“見えない世界”からの言葉が聞こえたらしく。
「今は元気になることが先決。仕事は後回しでいい。そういう風に感じるよ」
と私に教えてくれました。
「死ぬのはダメ。まだ若いんだから。あと、沢山の人が心配していることを気づいて」
という言葉も頂きました。

それから私は、一度仕事の重みを減らし…
遠隔でしか話をしたことのない「お客さんであり、友人である人たち」に会いに行きました。

実際に会った方々からは、とても優しい言葉を頂き。見えない世界の必要性を改めて感じたものでした。
そして「可能な限り、霊能者として生きていきたい」と自分の本心に気付いたのでした。


「お客さんを巡る旅」から帰ってきたあと、沢山のことを考えました。
周りにいる人のことや、今までの経験など。

その中で気づいたのは「身近にいる人のやさしさです」

私には、大学時代一緒に学んだ「仲の良い友人二人」がいます。
彼らは「スピリチュアルな私」ではない時から付き合いがあり、「今」も、変わらず接してくれる「友達」です。

私は、彼らに対して「気おくれ」していた部分がありました。
なんていうか、「スピリチュアルな人間」としての自分が受け入れられない、と心のどこかで思っていたのです。

でも、実際は彼らはずっと私のことを見てくれていたことを、改めて気づいたのでした。
「スピリチュアル」など関係なく、人間として「私」を見て、話をして。心配をしてくれていたことを。


それから、私は「生きること」を改めて受け入れました。
「自分がいなくなっても、そこまで影響はないよな」という考えを捨て去ると共に。

「沢山のやさしさを受けている事実」と、「沢山心配をかけさせていた事実」を今回のことで学んだので。

なので、私は人を幸せにするために、改めて生きようと思った訳です。

誠にお恥ずかしい話なのですけど、自分のことになると「他人との繋がり」とか「自分に降り注ぐ恩恵」に鈍感でして。
自分では日々感謝をしているつもりなのですが、まだまだ足りなかったようです。
…人に大切にされている事実を受け入れてなかったのでしょう。

もし、自分が塞がっていることを「お客さんであり、友人である方」に話をしてなかったら。
多分、「自分がお世話になっている人達に会いに行く旅をしよう」だなんて思わなかっただろうし。

身近な人との繋がりを改めて感じることも無ければ。
「生きよう」と再び心に強く思うことも無かったのだと思います。

「奇跡はないって言ったよね。でも私はあると思うよ絶対」

北川悦吏子さんの「ロング・バケーション」というお話の中で、ヒロインの南が、主人公の瀬名にいうセリフです。
(まわれ ま~われ メリーゴーランドなお話です)
そんな言葉を、なんとなく、しみじみと感じていたのでした。

皆さんの「奇跡」がいつ起きるのか分からない…のですが。
でも、「奇跡」を招く生き方をして「奇跡」を起こした人間がここにいるんだ、ということをお伝えしたいな、と。

まじめに生きても得をしない。

誠実さは何にもならない。

と思っている方へ届けたいのです…「そんなことはなかったよ」と。

あんまりに自分のことは書かないんですが、ちょっと今回だけはお許しを。
私が感じた「奇跡」や「優しさ」が、皆さんの近くに…訪れますように…

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