誰も傷付けたくないと思って生活をしている人へ

スピリチュアルな立場から、時事問題、ちょっとした出来事を読み解く記事…
それが、カテゴリー:「毎日のみちしるべ」


「生きていれば、綺麗事(きれいごと)だけでは済まされないことがある」

こんにちは、彗光でございます。
突然ですが自分が「理想」を追い求めたり、最善を尽くそうとしているときに、こういったことを言われたことがありませんか。

失敗したときを考えて準備をすることと、最初からうまくいかないことを思って行動することは違う

確かに、ビジネスの場など失敗が許されないときには、「フェイルセーフ」という失敗したときの第二案を考えるために「筋書き通りにいかないこと」を考えるということはあります。
でも、「筋書き通りにうまくいくこと」や、「全ての人が幸せになる」シナリオを「信じなさ過ぎ」なのではないかな、と思っております。

特に、私が気になっているのは「みんなが幸せになることなんて、できるわけないのだから自分が幸せになるためには人を傷つけてもしょうがない」というものです。

  • 「“みんな仲良く”なんて無理だよ。」
  • 「そりゃ、みんながみんな、優しくなれるなら苦労しないよ」

そういった言葉が飛び交う場面を目撃したり、立ち合ったりしたことは誰しもあると思います。
でも、私は「誰も傷つけないで、皆んなを幸せにしようとすること」は素晴らしいと思います。「目指さないことには、かなうことはない」ためです。

「誰もが幸せな状態」を100点の状態としましょう。この「誰もが幸せな状態」を常に目指したとしても、実際にはうまくいかず、結果90点ぐらいになることは、多々あります。
しかしだからといって、最初から「誰もが幸せになることなんて無理だよ」と決め付けて行動すれば、絶対に100点は取ることはできません。
「85点ぐらいが普通」と思って生きていれば、どんなに良くても「誰でも幸せな状態」に対して85点しか、取れないのです。
さらに現実的な話をしてしまえば、「85点ぐらいが普通」と思って行動していても、85点になることはなく、大体50点ぐらいの結果にしかならないものです。

ですので「誰も傷つけずに、全ての人を幸せにしようとすること」は、大切なことだと私は思います。
「目指さないことには、成し遂げられない」、それがこの世なのだと思うのです。

完璧さを恐れるのは、失敗を恐れるから

では、なぜ人は「最初からすべての人が幸せになること」を諦めてしまうのでしょうか。

それは「失敗するのを恐れているため」だと私は思います。
最初から「皆んなが幸せになること」を諦めていれば、仮に人のために頑張って結果が伴わなかったとしても、自分を責めずに済みます…「自分は全力を出していなかったから、うまくいかなかっただけだ」と。

さらに、「他人が幸せになるように行動したのに、恩を仇で返された」ようなことが起きたとしても、尽力していなければ、「自分が他人にしっぺ返しを喰らったのは、真面目に尽くしていなかったからだ」と自分に逃げ道を作ることができ、必要以上に傷付かずに済みます。

だから、多くの人は「誰も傷付かずに、幸せになるのは無理だ」と話をするのだと私は思います。

現に「全ての人が幸せになることを諦めた人」の大半は、「人のために一度は尽力したことがあり、結果、損したことがある人」のように思えます。
実際にセッションでも「頑張ったのに幸せにできなかったどころか自分が最終的には損をしてしまった。悲しい。」というお悩みは多く寄せられます。

一度、皆んなが幸せになるように頑張った結果、「自分が」傷つき悲しまないようにするため「誰もが傷つかないで、幸せになること」を信じられなくなったのでしょう。

人を幸せにしようとする人は、素晴らしい人だと思わないか。

しかし、ここで良く考えてほしいことがあります。「人を幸せにしようとして、失敗することは悪いことなのでしょうか。」

答えは皆さん「NO」と言うでしょう。むしろ、人を幸せにしようとする人は、素晴らしい人だと思う、と口をそろえて答えられるかもしれません。

しかし、「失敗してでも人を幸せにしようとすることが素晴らしい」と分かっていても実際に「すべての人を幸せにしよう」と行動に移せる人は少ないのが現実だと思います。
なぜなら上記で述べたように、人を幸せにすることは、逃げ道を作りたくなるような「つらさ」を秘めているためです。
時には、人を想うことで傷つくことだってあります。

こうやって改めて考えてみると、「リスクを抱えながらも、全ての人を幸せにしようとすること」は本当に偉大なことですよね。
それなのに、実際に現実でその素晴らしさを褒められることは少な過ぎると思いませんか。

誰かのために頑張る人に対して、「誰もが傷つかないように頑張ってるなんて優しい人だね。尊敬するよ」なんてコメントをする人はほとんどないと思います。
それよりも、「あいつには何言っても無駄だよ。優しくしても、つけ上がるだけだからやめなよ。」と、まるで誰かに優しくすることが悪いかのように言うことの方が、多くないでしょうか。

これが「他人を幸せにしようと全力をつくすこと」を人々から遠ざけている一つの原因になっていると私は思っています。
そりゃ「自分が失敗して傷つく可能性」があり、「他人から評価されることもない」のであれば、誰だって「全力で人を幸せにする」だなんてやらないと思います。
そして最終的に「人に優しくするのなんて、損するだけだから」という言葉を話すようになっていくのだと思います。

では、人を傷つけない人は、本当に損をするのか

さて、今更ですが私は霊能者ですので、霊能者の観点から「人を傷つけず幸せにしようとする人」について、書いていこうと思います。

上記に書きましたが「誰も傷つけず、人を幸せにしようとする人」は、100点を目指す人です。
誰もが幸せになるよう、全ての思考を人の「幸せ」に向けられる人だと思います。
こういった「思考を一つの目的に集中できる人」には、「引き寄せの法則」という法則が働きます。
これは「強く思ったことがエネルギーを生み出し、そのエネルギーによって現実化する」といったものです。

つまり「人を幸せにしよう」と強く思っている人は、全ての人を幸せに出来るぐらいのエネルギーを作り出し、実際に多くの人を幸せにしていくのです。
だから、もし、つらい思いをしながらも「多くの人を幸せにしよう」としている方がいるのなら、いつかはその願いは、かなえられるものだということを覚えておいてください。
そして、人に褒められることがなくても「あなたは、十分に優しい人」ですし、「人に自身を自慢できる、素晴らしい人」であることを、認識をして頂ければと思います。

まるで「優しすぎる人が悪い」と言われることもあると思いますが、よく考えてみれば悪いのは「恩を仇で返す人」ですし「優しいことを責める人」なのですから、気にしないでいいのです。
でも、あなたのことを思って叱ってくれる…「傷つきながらも人を幸せにしようとすることを、止めてくれる人」の言葉だけは、聞いてあげてくださいね。

他人を思って、全ての人を傷付けず、想うことは素晴らしいことです。自信を持って毎日をお過ごしください。
「優しさ」は「人を大切にする人」の元に集まります。諦めた人のところには集まらないのです。
ですから、大丈夫…そのまま自分の無理のない範囲で「多くの人を幸せにしよう」と続けていいのですからね。

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