人の不幸を探したい訳じゃないんだ。

私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」



最近、思うことがあります。
霊的法則を勉強したり、人の波動を感じることで、沢山のことが分かるようになってきました。

でも、最近は「このままだと不幸になる」人に会うことが増えてきまして。
お話をしていると、「あっ、この方、このままだと望まぬことが起きるな」と感じることが増えてきました。

仕事として人を見てるときには、その事実を、相手にやんわりと伝えることができるのですが。普段話をしている時に、「このままではまずい」と感じた時に、必ずしも事実を伝えられる訳ではなかったりするので…
なかなかに、悩ましいものだと思ってます。

もちろん、逆のパターンもあります。
何気ない話をしているときに、話し相手が今は困窮していても、
「これからこの人は幸せになっていくんだろうな」
と分かることもあります。
その時には、私はとても笑顔で相手を見ていると思います。もしくは、ニヤニヤしているかのどちらかだと思いますね。

ただ、「不幸が訪れ兆しが分かること」については、頻度高くなると非常に居たたまれない気持ちになりますね。
芸能人などの振る舞いをテレビで見て、「この人こうなるんだろうな」と思っていたものが、感じていた通りに当たる、ぐらいならいいのですが。

やっぱり、身の回りで人の不幸を当て続けても、悲しいなあと思います。
そして、最近この理由で悲しくなることが増えてきている、というのが悩みですね…

「そういったことも、あるのね」
ぐらいに思えば良いのかもしれませんが、もう少し幸せの波動を増やさないとなと感じている次第です。

素敵な映画でも探そうかしら。

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