今、忘れ去られてきている「本気」の大切さについて

私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」


今日はすごく大切な「本気で取り組むこと」について、話をしていきましょう。
と、いうのは最近「本気で物事に取り組む人」に出会うことや、「真剣に取り組むことを行わない」人を見るためです。


最近、友人のライブパフォーマンスを観に行きました。(後日紹介を載せたいと思います。)
演奏している彼らの姿は…まさに「熱意」と「本気」そのもので…すごい演奏から「気」を感じたんです。

演奏している音楽…「音」として人に伝える部分も当然素晴らしかったのですけど。
それ以上に、人を揺れ動かす「何か」を、会場の全体に放ち続けていたのが「圧巻」の一言だったんですよね。

多分それは、音楽にかける「思い」や、瞬間瞬間を大切にする「集中力」や、周囲の空間を巻き込む「熱意」といった…
「本気の彼らからくる」諸々の「エネルギー」だったのではないかなと思いました。


話は変わりますが。
スポーツでもゲームでもなんでもそうですが「本気で取り組むこと」と「手を抜いて取り組むこと」では、
結果や得られるものに、大きな差が出ると言われています。

スポーツで「本気」といえば「松岡修造さん」が有名ですが、
彼は技術面ではなく、テニスに対する「姿勢」を育てることに重点を置いているそうです。

「何か大きなことを成就させる」ためには「瞬間を全力で立ち向かうことが大切なのだ」と彼は考えているのだと思いました。


さて、「本気」で物事に取り組むことの大切さを書いてきました。
その一方で、「全力」で「本気」になることを行わない方も沢山いるの現実です。

もちろん、「全ての瞬間を本気で生きればよい」というわけではありません。
ただ、「何か大きな目標がある人」や「早い成長」を望む人にとって、
目標としてるゴールに対して、かける熱量を上げることは、重要なことだと思います。

現実問題として、「全力」で物事に取り組まなければ、無意識に「逃げ」の道を作ってしまう、ということがあります。
いつの間にか「全力じゃなかったから」という言い訳をするようになり、自己を振り返り、反省することがなくなっていくのです。

自分を省みることは、成長に必要なことです。
足りない部分を補い、新たに変えていくことで、人は成長していくのです。

いつも「調子が悪かったから」「周りの~がダメだったから」と何かの言い訳にすれば、自分の殻を破ることはできません。


また、真剣に物事に取り組まなければ「自分の目指す姿」というものを捉えることができなくなります。
どういうことかと言うと…以下のような問題にぶつかったときのことです。

物事を極めようとすると、時々困難な壁にぶつかります。

「どうして、今自分は物事に打ち込んでいるのだろう」
「自分が目指すものというものは、何だろう」
「この物事を行うことで、誰に伝わるだろう」
「誰にも伝わらなかったら、どうしよう」

こういった問題に対して本気で取り組んでいなければ、「めんどくさい」の一言で片づけることができます。

ところが、こういった一つ一つの困難に対して真剣に取り組むことを行えば、
自分が取り組んでいる物事に対して、“より”「熱」がこもっていきます。
スピリチュアル的に言うならば「エネルギー」が込められるのです。

この「エネルギー」というものは、不思議なもので周りを動かす「力」を持っています。

  • 音楽ならば、周りを巻き込む旋律を…
  • 美術なら、人の心を奪う作品を…
  • スポーツなら、観衆を沸かせるプレーを…

それぞれ生み出していくものなのです。


残念ながら「物事に本気になれる人」というのは、それほど多くありません。
そして、この事実をきちんと受け入れてられている人も少ないのです。

物事に「本気になれる人」というのは貴重な存在で。仮に今の実力が乏しいものだとしても、
その集中力で「手を抜いている人」を軽く凌駕していくものなのです。

また、「他人の本気を笑う人」というのもいます。「真剣に取り組むこと」を、

  • 「気楽にやろうよ、気張ったって楽しくないんだし」
  • 「そんな高々趣味や遊びに本気にならなくてもいいじゃん」
  • 「まじめにやるの、余裕がなさそうでかっこ悪いよね」

というように扱う人もいる、ということです。

そういった「本気をよく思わない方」というのは案外いるのですが、彼らは彼らなりに目指しているものがあるものです。
その価値観に共感しても、反発しても、自分が「本気」になることには噛み合わないと思うので、自分の道を進むのが良いと思います。

また、「まだ見ぬ成果」というものを信じられない人も沢山います。「たどり着けない極み」について諦める人もいます。

  • 「君が目指しているものは、誰も辿り着いたことがないものだよ」
  • 「やろうとしていることはプロがやるようなものだから、目標にしちゃだめだよ」

そう言う人は沢山います。
でも、今までこの「頂き」に辿り着けた人というのは、前人未到の目標に真剣に取り組み続けた人だったりするのです。

「目指さないことには、叶わない」のですから。


「本気」で取り組み姿というのは、時に笑われます。結果が出ない姿を「滑稽」だ、と思う人がいるためです。

でも、「『努力』というのは直ぐに実る訳ではない」ことを知っている人は、本気の人を笑うことはありません。
彼らも「いつか花咲くとき」を目指して、過去に本気で壁に挑んできたから、その辛い日々を知っているためです。

改めて書きますが、「努力」をしたり、「全力」を出し続けたり。
「本気」になれる人は多くありません。

そうなれない人は、自分を肯定するために「本気になっている人」を笑うこともあるのです。

でも、「本気」になれない人は「誰からも評価される『特別な誰か』」にはなれないのが実際です。
何故なら、前人未到の「誰か」になるには、その道を全力で極めようとするしかないためです。

今、物事につまずいている方は、一度「真剣」になることを意識してみてはどうでしょうか。
「今ある実力」がどういうものであれ、その全力をぶつけていく…そうすることで、前に進むことができるはずだからです。

何かに「真剣に挑もう」としたときには、自分の「気」が高いエネルギーを持ちます。
そのエネルギーが新しい現実を作ったり、人を動かす「何か」を生み出すわけです。

あなたを笑ったり、真剣に生きることを馬鹿にする人間の声に、耳をふさぎ。
今一度「なりたい自分」のために、生きてみてはどうでしょうか。

時に私も、「成果」が出ないことで「まじめに生きる」ことから逸れたくなりますが…
他人の「本気」の結果…見事な成果や、洗練された「気」に当たると、また「頑張りたい」と気を取り直すわけです。

真剣に生きる仲間を大切にし、夢や未来を目指す仲間との繋がりを見つめていきましょう。
きっと、自分も素敵な何かを生み出せるはずですから。

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