言葉の毒霧

普段生活をしている中で、嫌なことは起こるもの。

そして、その出来事が自分を苛つかせるたり、怒りを生み出したり。

誰もがそんなことを望みはしないのですが、どうしても起こりうることですよね。


ただ、その思いを大多数に向かって吐き出すのはちょっと問題があるかもしれません。

 

TwitterをはじめとしたSNSについて、一時期より利用者は減ったと言われておりますが、まだまだ多くの方が利用をしております。自分のそのままの感情を呟けるツールは共感を得たり、新しい情報を他人から得ることができるもので、いろんな方と交流を得ることができる素敵なものだと思います。

 

しかし、最近よく拝見するのですが、負の感情…例えば「死ね」だとか「マジ糞」といった人を中傷する言葉を使い、誰を対象にその言葉を放っているのか分からないような状態で発信すること…これは多くの人を傷つける行為だと思っております。どちらにしろ良くはないのですが、まだ対象を明確にして批判することの方が、その自分の言葉で傷つく人は減ります。

私から見ると、その人を傷つけるような言葉を対象を明確にしないで吐き出すことは、プロレスの反則技ではありませんが、毒の霧を多くの人に浴びせているように見えるのです。それは、当事者が意図していない人にも浴びせていることになり、多くの人を傷つけております。

 

確かに、自分の中で煮え切らない思いや、どうしても処理できない感情が産まれてしまうことはあるでしょう。しかし、しょうがなくその思いを吐露する場合には、見ている方のことを少しは気にかけるべきだと思います。

「Twitterはそういった、自分の出来事を自由に呟くツールだから、別にそんなことを気にしないでいいのでは?」

という考えもあるでしょう。

仰る通りです。

でも、その結果、その呟きを見ている人が離れていくという可能性が産まれてしまうことも忘れずにいて下さい。元々この、「Twitterは自分の思いを自由に呟くツール」というのは「フォロー・リムーブ・ブロックを自由に行うことができるツール」であるという側面と表裏一体でありました。

しかし、今Twitterを「友達や家族、仲間という現実世界での繋がりのある人々との交流を取るためのツール」として用いられている方も沢山います。その際には、何でも言ってもいいわけではありません…いえ、何でも言っていいのかもしれませんが、それで失うものがあるはずです。

自分が毒の霧のような呟きをするのであれば、その霧から逃げるために人は離れていきます…それが自由に行われることを皆が了承している前提で行っているのではよいのですが、果たして今、皆様をフォローしている方々はいなくなってしまっていい方々だけいるのでしょうか。

ご存知のように、今Twitterはミュートという機能がございます。これはTwitterで繋がっている人々との関係性が切れにくくなったため、フォロー・フォロワーという関係性を維持しながら、その呟きを回避するための機能だと思います。つまり、Twitterは「なんでも自由なことを言っていい場所ではなくなってしまった」のだと思います。

さらに追加して、今は各々の呟きに攻撃的なリプライを仕掛ける人も増えてしまったということも現状あり、余計に自分の言いたいことを自由に言えない環境となりました。匿名性の悪いところだけが蔓延ってきているのが現状なのではないかと思います。


Twitterの使い方の正しさや、どういった形が理想なのかなどは個々の利用方法に寄るので一概に判断をすることはできません。

ただ、Twitterで繋がっている人をもう一度よく、観察してみましょう。

あなたが言霊によって吐いている負の念を、普段自分が大切にしているような人に当てておりませんか。

そこでリムーブされた・ブロックされたときに気付く形では遅いのです。何故ならその時にはTwitterだけではなく、現実世界でも繋がりが薄くなってしまっているかもしれないのですから。

コメント お気軽にどうぞ

タイトルとURLをコピーしました