「寄付」ページを修正しながら、お金について考える

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私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」


ちょっとしたきっかけから、自分のホームページの「寄付」のページをいじっていた。
どうやら、システムのバージョンアップやら日本語のバグやらで、上手く稼働してなかったらしい。

バグの対応と、再日本語化をかけてテストを行った結果、正常に稼働。
よし…まずは一安心。

最近、いろんな導きから「正当な報酬を貰うこと」という言葉をいただくことが増えた。
私は話好きで、かつ、人のためになることだったら”どんどん”伝えてしまう性格である。

そのためセッション時間を過ぎてもずっと質問の回答をしたり、プレゼントを贈ったりと金額度外視のことをやってしまいがちである…
それに対しての「正当な報酬をいただくこと」という導きというか、お叱りを受けた感じである。

確かになぁ…実際、他の人からも「もうちょっと貰ってもいいんじゃない?」とか、
「これサービスしすぎでしょ」とか言われること、増えたよなぁ…

こういったときは不思議なもので。
「お金は置いといて、やれることをやってしまおう」と考えている限り、神様がその願いを叶え「お金をずっと置いておいて」くれるものだ。
つまりは、利益が上がりにくいような環境に神様が私を置いておくのだ。

これは神様が悪いのではない…
私が「利益はそっちのけでいい」と願ってしまったから、それを神様が叶えたまで。

だから「寄付」フォームもエラーを吐いていたのだろう。

これからたくさんの人を救うために。
これからたくさんの人と幸せになるために。

この「空のみちしるべ」を続ける必要がある。
そのためには、ある程度のお金が必要なことは事実だ。

「お金を必要以上に求めないこと」と「利益を度外視して運営すること」は違う。
みんなのためにも、きちんとそこらへんは分けて考えないと、ね。

あと。

「サービスだから」といって、人にいろいろ無償で渡し続けるのも良くはないものだ。
私がいろいろもたらした対象が「十分に貰っちゃったな」と感じてしまえば、「正負の法則」によって他の部分で損失を受ける可能性もある。

それだったら、きちんと「これぐらいはお金払ってあげよう」という気持ちに応えるのも大事だと思う。
ううん、こういった話は結構苦手なんだけどね。

これからも、セッションについては「時間がきたから中途半場なところでも終わり!」なんてことはしないと思う。
あと、相談してきた人にも気軽に応えたいと思う。

ただ、その人たちの「ありがとう」という感謝と、「これ少しの気持ち程度ですが…」というお金はきちんと受け取っていこう、
と改めて思ったのでした。

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