他人にわがままを押し付ける人に、霊能者としてどうあるべきか

すいこう いん まい まいんど

私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」

こんばんは、彗光でございます。
前回、「他人」から何か影響を受け、怒りや恨みに囚われてしまいそうなときにはどうすればいいか、というお話を書きました。

さて、前回の記事を書いてから実は、長い時間をかけて考えていることがあります。
それは、前回の文章で言う「自分の心を乱してくる存在」についてです。
今回の記事は私の考察段階で明確な結論は出ていませんが、ちょっと考え過ぎて記事を書かな過ぎているので…今頭の中で何を思っているか、ちょっとだけ文章にまとめたいと思います。

人を一度で落胆させるような行動をする人

私が私が仕事で人と関わっているときには、「アドバイスをする」なり「事例を紹介する」なり、人の行動を変えるきっかけのようなものをお伝えすることができますが、仕事外の場合はそういったことはできません。
特に「アドバイスを望んでいない人」に対して突然アドバイスをするのは、人によっては余計なお世話になるためです。

しかし、私の周りだけなのかもしれませんが…ちょっと、最近「人を一度で落胆させるような行動をする人」というのが増えてきたような気がします。
もしかしたら、受けとる私の余裕がないだけかもしれませんが…ただ今回は「そういった行動が増えてきている」という前提で記事を書いていきたいと思います。

前回の記事でも書きましたが、現在の社会情勢というのはストレスが溜まりやすい状態にあります。
そのため、いつの間にか「わがまま」になり、他人のことを気遣えない時期がきているのではないかと個人的に感じています。
「わがまま」と書けば悪いもののように感じますが、実際のところは「自分のことで精一杯で、他人のことを考えられない」というのが実際のところでしょう。

具体的に私が最近受けた行動として(具体的な話はぼかしますが)、「他人が好意で行っていることを当然だと思い、感謝をしないで人に何かを要求する」というのがあります。
例えば、共同で使っているものを「私が直せないから、壊れたところをあなたが修理して。」と人に押し付けたり、「いつも話を聞いてもらっているのは嬉しいけど、面倒に思うなら関係を切っていいよ。」と勝手に人の感情を推し量ったりする、といったものを多く見受けます。

わがままはある程度はしょうがないけど、だけどその「表裏一体」にあるものを感じて欲しい

どうしてか、こういった言葉を相手にぶつけるときに、「申し訳ないけど」といった相手を敬う気持ちや、「ありがとう」といった感謝を伝える気持ちが出てこない、というのが最近増えてきているようなのです。
まあそれも、冒頭に書いた「他人を思いやれる余裕がないから」という一言で片づけることもできるのですが、しかしながら本当にそういった「自分を最優先にすることで、他人を傷つける人」というのが増えています。

ただ、前回の記事にも書きましたが「自分が精一杯でどうにもならないとき」というのは、自分を守るために自分を最優先にしてしまってもいいときがあります。
しかしながら、ずっとそういったことを続けていれば単なる「わがまま」になるだけですし、相手を傷つけたならどこかで「埋め合わせ」をしなければなりません。

ですが、実際のところ「自分を優先するのは、自分の権利だ」と考えている人が多く「埋め合わせ」の必要性を感じている人が少ないのも、「今」の特徴なのではないかなと私は感じています。

人に生きる道を教える仕事をしている人間として考えること

さて、そういった方々に最近、頻繁に会うことが多い私なのですが、これから他人に対して「どのように接していこうか」と考えている毎日です。

「わがまま」になっている人に対して、誰かが「そのままでは後で大変なことになるよ」と伝えないことにはその方は「より悪化する道」に進むほかありません。
しかし、伝える側も相当の労力がいります。
さらにその労力を使ったとしても、「相手がまともに話を聞いてくれない」というのも往々にしてあるものです。

そう考えると、「わがまま」な人に会った時には「何も伝えず距離を取る」…という判断が最良のような気もしますが、それが「霊能者」として本当にそれでいいのかと自問をしています。

特に、今の時期本当に「他人に自分の心を押し付ける人」というのが増えてきました。
そういった方に遭遇するたびに、「ああ、この人は何を言っても駄目だ」と距離を取り続けていたら、そういった行動をするだけでも疲れてしまいます(他人にアドバイスするよりマシだとしても)。
もう少し他人に対して、さらに鈍感に生きるべきか…それとも人との交流を減らすべきか…もしくは、出会う人出会う人すべてに「それはダメなことだよ」と自分の労力を使ってでも話していくべきか…
どういった形がいいのかなと今考えているところです。

正直なところ、このブログも「こういうことをやってはダメだよ」という内容でいっぱいになりそうな気がして、最近は記事を書けていないというのもあります(自分でいろいろ調べ事をしたり、他の仕事をしていることも多いですが)。
その中で、とにかく一つだけ言えることは、「今のご時世、人を見極める力」というのが存分に必要だということです。
ですので、まだ私の中で結論は出ていませんが皆さんも「付き合う人間」については、ちょっと今の時期だけでも意識を持った方がいいと思います。

多分、「これからの時期、どのように立ち振る舞っていくか」が固まれば、「どういった記事を書くか」などが定まりまた記事を書いていけると思うのですが、結構今はどうあるべきかを慎重に考えていますので、少々お時間をいただけたら幸いです。

また、可能ならばで良いのですが、皆さんのこのコロナ禍での過ごし方や、状況や感じることについて教えてもらえたらとても嬉しいです。
イレギュラーな時期が来ている今だからこそ、多くの人が幸せに生きるための「新たな形」を考え共有し、みんな協力して生きていけたらな、と思っています。

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