私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」
こんばんは、彗光でございます。
さて、4月も中旬を過ぎ、春の装いが深くなってきました。新しい生活を始め、少しずつ慣れてきたり昔の環境が恋しく感じてくる季節になってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、私も活動場所を大きく動かすこととなったもので、やっと最近落ち着いてきた感じです。
これからまた前のようにどんどん、記事や活動を活発化させていきますので、またよろしくお願いします。
今日の記事は、2月に書いた記事の結果発表…というちょっと不思議なものでありますが、良かったらお付き合いください。
前向きな言葉や、自分の感情を大切にする生活を送った結果
以前ブログにて「斎藤一人さん」を始めとする、霊的な生き方をなさっている方々の習慣を自分で試してみたらどうなるか、という記事を書きました。
実際に私自身がその習慣を行うことによって、日常にどのような変化を及ぼすのか、という自分を実験台にしてみようという話です。
何か、うまくいかないことがあっても「なんとかなる」と笑い飛ばすようにし、自分の感情がマイナスに飲まれないように、瞑想などを通した「感情のコントロールを習慣的に行う」毎日を過ごしてみました。
そして、大体二か月たった今…自分でも想像できないほどの「素晴らしいこと」が起きたので、皆さんにご紹介をしたいと思います。
今月に入って一度記事にしましたが、身の回りに大きな「幸せ」と「感謝」を感じることが著しく増えました。
仕事の方も快調で、新しい出会いや旧知の方との会話でも、人との繋がりを感じることが増えました。
さて、今日はそういった結果を皆様に共有したく、具体的にどういったことを意識して生活を行ったのかを書いていきたいと思います。
悲しみを止める。幸せを見つける。
今までの私は、どうしても生きている中で「間違っているもの」を許容できませんでした。
いえ、「間違っている」かどうかは人によって違うものですから、正しく言えば「他人が選択する、負の感情に基づくこと」を流すことができなかったのです。
他人が「正しい」と思って人を傷つけたり、正しく生きることを諦めたりしているのを、「そういう生き方もあるのね」と流せばいいところを、「どうしてそういった判断になるのだろう?」といつも考えていたものです。
ただ考えればいいものの、自分の生活や置かれている状況と比べてみたり、私自身が信じてきたものを疑ってしまったり…
とにかく、他人の影響を受けて自分の感情を悪い方向に導くようなことを行ってきました。
しかし、ある時に気付いたのです。
「他人をコントロールできるわけでもないのに、自分と他人を比較しても何もできることも無いし、他人が幸せになる訳でもない」ということを。
それならば、「いつか多くの人のためになれるとき」のために、自分の幸せなエネルギーを増幅させた方がいいなと思い、この度「魔法の言葉」を唱えつつ、毎日を過ごしたものです。
どんなことであれ、自分に差し迫っていない「ネガティブなこと」は徹底的に「途中で止(と)めること」にしました。
何か嫌な気分になったら、意識的に好きなことをするようにしました。
また、ブログなども「自分が書けるときに書くこと」を意識するようにしました。
ちょっと精神的に乗り切れない時に無理して文字を書こうとすれば、書くこと自体がストレスを感じる原因になりますし、書く内容が薄くなってしまい自己嫌悪に防ぐためにも必要なことだと感じたためです。
とにかく、「幸せ」を集める…些細なことでも喜ばしいことは「喜ばしい」と改めて認識するようにし、それでもダメなときには「瞑想」を第一優先にして生活を行いました。
「洗濯したバスタオル」がとても柔らかく仕上がったことや、「大切な友達夫婦に家に招待されること」を純粋に楽しむことなど…とにかく「幸せ」を感じることを楽しみました。
すると、どういうわけか、自分に幸せが集まってきた…訳ではなく「多くの感謝すべきこと」に気付くようになってきたんです。
バスタオルを洗ってくれる「洗濯機(もう8年は動いています)」や、子供たちを紹介してくれる「友達夫婦」に自然と「ありがとう」と伝えられるようになりました。
正直、私は無理やりな「スピリチュアル話」が嫌いでしたし、今も嫌いです。
「すべてのことに感謝しよう」とか、「日々あるものにありがとうと伝えよう」みたいな話は、非常に何か「人間らしさを失った何か」を感じるため、そういった「誘い」は避けてきました。
でも、今回自分で体験をしてみて「自然に感謝ができる状態」というのは、非常に素晴らしいと感じました。
それはきっと「自分が否や物から解放されて、『感謝するもの』を多く見るようになったから」だと思っています。
それから、不思議と「幸せ」を感じる具体的なことが起きてきました。
久しぶりに話す友達から「実は結構ブログ読んでいるんだよ」と言われたり、違う方に「いや、ちょっと前は生きるのがしんどくてさ…」という話をしたら「1人で我慢しちゃ絶対だめだよ」と言われたりとか。
今まで感じたことのない「人との繋がり」を感じるようになりました。
すると不思議なことに、仕事が好転したり、素晴らしい人と出会ったりと現実的な側面も好転していったのです。
若干、胡散臭く聞こえるのですが、これが現実に起こったもので驚きました。
まずは「自分で幸せを選択」しよう。
そういった奇跡的な体験をするためには「自分で幸せを選択すること」が大切だと思います。
とにかく、自分を「嫌な感情にするもの」を極力減らすのです。
例えば、意識して「嫌な状況が訪れる物語に極力見ないようする」ということを行いました。
「起承転結」の「転」のセクションが長いお話を見ないようにしましたし、悲劇や残酷な結末が訪れる話も触れないようにしました。
具体的には…若い人の間で流行っている「異世界転生もの」と呼ばれるアニメや小説、「大団円」で有名な映画を時間があるときに見るようにし、自分のマインドが下がっているときには「元の感情に戻る」ことを第一にしました。
それでも「言い争い」や、「嫌な現実」に直面することはありましたが、そんなときには出来る限り自分を大切にすることを心掛けました。
それでも対峙する必要があることは、「できるだけ後回し」にしたものです。
とにかく「幸せを選ぶ」ことを意識すること…そうしているうちに、なぜか「平穏が幸せに繋がること」を感じられるようになると思います。
エネルギーというものは不思議なもので、「小さなエネルギー単体」であっても、同じようなエネルギーを引き寄せ、そして大きなエネルギーに成長していきます。
ですので、自分が「幸せなもの」を探し信じていれば、必ず少しずつでも「幸せのエネルギー」というものは増大し、現状を変えていくものです。
何もいきなり「周りのものに感謝をしましょう」とか、「些細な喜びを貰えていることを意識しましょう」などとはいいません。
できる限り自分が「嫌なもの」を遠ざけ、触れてしまった時には「終わらせるよう」にし、「好きなもの」を選ぶようにしていただければと思います。
そして、自分がちょっとでも「満たされてから」、感謝をしたり、「人のためにあろう」としてもらえたらなと思います。
とにかく、最初は「自分」です。「自分」が「自分」を大切にし、喜ばせてあげることからだと思います。
もし、何かにつまずくことがあっても、「なんとかなる」とつぶやいてみましょう。
「負」の感情に捕らわれるより、能天気に明るい方が物事を好転させることもあるのです。
これからも私は、可能な限りこういったマインドと行動をしていきたいと思います。
そして、皆さんの「幸せだなぁ」と感じることに貢献できたらと思っています。
以上、「私自身」という実験台を使った「魔法の言葉」実験の報告でした。
皆さんも「魔法の言葉」実験を試してみてはいかがでしょうか。
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