Adoさんの「ギラギラ」から考えるマイノリティの想い

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こんばんは、彗光でございます。
今日は最近私がよく聴いている歌を紹介させていただきたいと思います。
その名も「ギラギラ」。最近、頭角をめきめきと表してきたAdoさんの曲です。

「うっせぇわ」で有名になったAdoさんだけど…

さて「ギラギラ」のお話をする前に、Adoさんのことについて少しお話をしたいと思います。
Adoさんと言えば、昨年「うっせぇわ」で有名になったシンガーさんです。

しかしその一方で「Adoさんは、きつい声で反社会的な思想を歌うシンガーだ」という印象をお持ちになった方もおられるのではないでしょうか。
しかし、実際今回の「ギラギラ」であったり、他の曲である「レディメイド」を聴いてみてもとにかく「実力のあるシンガー」だと私は感じました。

ですので、「うっせぇわ」の印象を置いておいて、一度「ギラギラ」聴いてみていただきたいと思います。
ちなみに、「うっせぇわ」についてはnoteにてゆるく書いた記事がありますので、お気になる方はこちらから読んでみて下さい。

「うっせぇわ」に社会的な意味づけは必要ない…好きな曲は好きに歌うのが良いと思う|彗光(すいこう)|note
こんにちは、彗光でございます。 最近Twitterなどで書かれている、所謂ボカロ曲「うっせぇわ」についての記事を見て私が思うことを書いてみました。 流行っている曲を無理に社会的に解釈しなくてもいいのではないか 「うっせぇわ」について書かれているコラムなどを読むと、「歌詞が暴力的で今の子供たちの心理を~」とか「これは...

「ギラギラ」は「普通に生きたい人の望み」を表していると思う。

さて、「ギラギラ」のお話をしていきます。
「ギラギラ」は各セクションでの曲の雰囲気が変わる曲で、歌詞の心境を演奏で表現してきる曲です。
それに合わせてAdoさんも、ファルセットやビブラートの有無などをうまく使い分けることで歌の主人公の心境をうまく表していると感じます。

さて、その歌詞なのですがこの世界を肯定しつつも、それと対比して自分の醜さを憎むような内容が前半部です。
しかし、サビの部分でそれでも「自分」というものを輝かせて前に進むことを、厚い声で歌い上げています。
また、最後の方ではそれが「誰でも」当てはまることであり、そういった世界の中で改めて自分を輝かせることを「みんな」に伝えている、そんな曲です。

この曲の素晴らしいところは、「物語のような表現」がたくさん使われていることで、一つのストーリーに入り込みやすいことと、違った「マイノリティ」をもった一人一人の立場を考えて作られた曲であるということです。
「私の顔は」という表現がありますが、それは「美しさ」だけではなく、例えば「表情」だったり、その顔にうつる「性格」のことも表しているのではないかと私は感じました。
そして、単なるその部分を「劣っていること」として扱っているのではなく、「神様が左利きなら」というフレーズでわかるように「これが普通だったら」というメッセージが込められているのが分かります。

「違うこと」が、「劣っている」わけではなく「別である」というメッセージは、自分の感覚を信じている側面を表してると思うのです。
これは「普通なことに憧れている」のではなく、「今のままでも、十分に幸せであれたら」と願っているのではないかと感じました。
だからこそ、「変わろう」というメッセージなのではなく、「ギラついていこう」というのが結論なんだと思います。

「他人との違いを認識しつつ、でもそれが『劣っている』のではなく、『違う』とだけ認識して、自分らしく生きていこう」というのがこの曲のメッセージなのではないかなと思いました。

おわりに

今回は「ギラギラ」について、紹介をさせていただきました。
こういった難しい話を置いといて、まずAdoさんの歌唱力の凄さは本当にすごいですね。
まだ10代の方とのことでしたが、発音のきれいさ、わざと音を潰す発音、響きのある声など…人の耳にストレートに届ける実力を持っておられると感じました。

この曲を聴いて歌ってみると、最初のセクションで「自分が変人扱いされた経験など」を思い出したりするのですが、サビなどを歌うことで「それも自分だ、頑張っていこう!」という気持ちになれる、素晴らしいパワーのある曲だと思います。

良かったら皆さんも聴いてみてください…ギラついていこう!

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