嗚呼、人間よ美しくあれ。

スピリチュアルな立場から、時事問題、ちょっとした出来事を読み解く記事…
それが、カテゴリー:「毎日のみちしるべ」


こんばんは、彗光でございます。
今日は、ちょっと今までとは違った「生き方」について紹介をしていきたいと思います。

今まで、このホームページやブログなどで「想い」をベースにした生き方を伝えてきました。
これはどちらかというと、「苦しみ」から脱却することや「自分らしく生きること」に焦点を当てた話でした。

これから紹介する話は「より洗練された人間になる」ための話です。
まだまだ私も研鑽が足りない分野なのですが、ご紹介をしていきましょう。

「美しさ」を念頭に置く生き方

さて、早速。その「生き方」についてお話をしていきましょう。
ずばり、その意識をすべき点というのは…「美しさ」です。

この「美しさ」というのは…外見だけの美しさではなく、内面も含めた美しさのことを意味します。「人として美しい」ということですね。

それは、高い服を着るとか、外見にお金をかけるということではなく、日常の所作であったり、言葉であったり…
そういった、見ている人が「素敵だな」と感じるような生き方をするということです。

まあ…そう言っても難しいものではあるんですよね。
何が「人として美しいか」というものは定義できないものではありますし…毎日の中で気を抜けば、簡単に美しさなど破綻してしまうものです。

「美しさ」とは他人を意識するところから

でも、だからいって難しいからという理由で「美しさ」を放棄するのはあまり良くないことだと思います。

例えば、激昂した時に口が悪くなってしまう時ってありますよね。
それは…正直しょうがない部分もあると思います。「怒り」というものは、元来そういうものですし。
勢いよく人に言葉をぶつけるのも、時には「美しさ」に繋がる時がありますから。

でも、だからといって。

毎日のように嫌なことに対して「〜はクソだ!」とか、「〜は死ねばいい」と何も思わずに言い続けるのは少し考えないといけません。
他人から見えないところであっても、他人を罵る習慣をつけてはならない、というひとつの例です。

それは立ち振る舞いに関してもそうです。
人の悪口を言うことを習慣にしないとか、人の良いところを探すとか…人として「美しいこと」というのは沢山あるはずです。

「これが正解だ」と決めてつけて「美しさ」を振舞うのではなく、あくまで毎日の中で「美しさとは何か」と探求し続ける姿勢が重要だ、というように捉えて貰えたら分かりやすいのかな?と思います。

でも、人間なんだから完璧にはなれないもの。

しかし、だからといっていつも完璧であることは難しいものです。
なぜなら、この世は「善」だけではなく、「悪」も存在する世界なのだから。

そういったものに対して「嫌だなあ」とか「疲れたなあ」と思うのも、それは人間らしいものですし…何より、今まで話をした「想い」を大切にした生活をするには、自分の気持ちの変化に着目して過ごす必要があるため、自分の感情を無視することは良くないためです。

まずは自分を幸せにすることを優先して、その後に「美しさ」を追求する…それでいいんじゃないかなと思います。

ちなみに、「想い」を大切にして生きることと「美しさ」を重んじて生きることは両立することができます。
なぜなら、「美しさ」とは「他人を想うこと」でもあるためです。
これについては…リクエストがあれば詳細を書こうかなと思います(結構書くのが大変だったりする…)。

今回は概要的な話にはなりましたが…
まずは「自分を想うこと」を大切にして過ごしていき…そして次のステップとして「美しさ」を意識した生き方をよかったら、検討してみて下さいね。

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