心から流れる血を隠さないで

すいこう いん まい まいんど

私が「伝える側」ではなく、「感じる側」として日常を記す
それが、カテゴリー:「すいこう いん まいまいんど」

こんばんは、彗光でございます。
昨日まで出雲の方にいっておりました。その時のお話はまた、こちらにてご報告させて頂きますね。

さて、今日は最近強く思っていることを書きたいと思います。
旅の報告よりも、こっちが先かな、と思いまして。


人というのは、時に傷つくものです。
それが他人からのものであったり、予期しないものであったり。
心の傷もあれば、体の傷もある…とにかく、人は痛みを時に受けるものです。

体の傷であれば、お医者さんに診断してもらい。十分な処置を受け、完治するまでを見てもらえますが。
心の傷というのは「完治」を誰かに言い渡されることなく。自分で治ったかどうかを判断するしかないものだと思っております。

皆さんは、ショックなことなど…
精神的な傷を負った時に、何をもって「治った」とお考えになるでしょうか。

日常で気にしなくなったとき?
そもそも、忘れてしまったときに「完治」など考えもせず、終わりにする?

様々なお考えがあると思います。
ただ、今日はその中でお話をしたいことがありまして。


自分が心の傷について、「誰か」に「治すこと」を強制されることもなければ、
「治っていないこと」を急かされたり非難されることもない、ということです。

もちろん、「治す」ために前に進むことは必要なことです。
いつまでも引きずり、誰かに迷惑をかけることは良いことではないと思います。

でもだからといって。
治ってもいない傷を隠し生きる必要はないと思います。
どれだけの深手を負ったかは、その人自身しか知らないのですから。

「自分は引きずりすぎだ」
「回復できない自分は弱い」
「自分は情けない人間だ」

そういった言葉を聞くことがありますが、必ずしもそうではないと思います。

特に、真剣に取り組めば取り組むほど。
その思いが折られた時には、非常に強い衝撃を受けます。

とにかく。

言いたいことは「他人に自分の状況を委ねないで」ということです。
自分のことは自分が一番知っているのだから。

ちょっとまだ長旅から戻ってきてその疲れもあり、長文は難しいのですが…
とにかく「今」この思いを届けたいと思います。

※本文中の体験談には、フィクション要素が含まれることがあります。
※これは特定の誰かを責めたり、断定をしたりすることを避けるためです。

先生ちょっと聞いて

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彗光(すいこう)

早稲田大学人間科学部卒。
在学中に「貧困」など、人への助力について学ぶ。
卒業後、ビジネスで困っている人を助けるために、提案営業として就職。
その後、ビジネスを超えて人の力になりたいと思い、独立。
「空のみちしるべ」を立ち上げる。

並行して「なんとなく、人の知りえないことが分かる」というぼやっとした力を、自分で学び解析し安定して扱う方法を解明。
現在は人生相談に乗りながら、霊能力や占いについての指導を行っている。

霊視経験 約20年。
参考にした著書 40冊以上(エスター・ヒックス、ハリー・エドワーズ、バーバラ・ブレナン、ベティ・シャイン、トーシャ・シルバーなど)

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