見えない世界の話 その3…ソースの均衡

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前回のお話はこちら

前回は、ソースからのエネルギーの授受、そしてエネルギーが実際に「出来事」として目に見えるようになるまでのお話を書きました。
さて、今日はソースから享受されるエネルギーの限界や、個人が受け取れる量の限界について書いていきます。

この世界のすべてのものはエネルギーを持っており、その元となっているのはソースと呼ばれる源であることを説明してきました。では、このソースというのは限りがあるものなのでしょうか。
結論から申すと、この世界がある限りソースに限りはありません。ですので、「他の人が何か大きな事柄を成功したから、その分ソースが減る…つまり、自分のチャンスが減る。」ということはございません。ソースはこの宇宙のあらゆる事柄を成立させているものであり、個人が何かをなしえた位で尽きたり、減ったりするものではないのです。


それでは、ソースがほぼ無限にあるのであれば、人はそのソースを無限に享受し続けることが出来るのでしょうか。
その答えはYesともNoともいえます。個人が受け取れる量に限界はありません。しかし無条件に享受できる、という訳でもないのです。
最初に「個人が何かをなしえた位で尽きることはありません」と書きましたが、流石に沢山の生物がエネルギーを大量に使ってしまえば、ソースの規模は小さくなってしまいます。そうならないために、ルールのようなものがあるのです。

そのルールというのが、「自分のエネルギーは長期的に見た場合、常に±0になる」というものです。自分が思考の力(前回でいう、「種」)を用いて自分が欲しているものをソースから享受されている状態は、+(プラス)の状態です。繰り返し種を使って、どんどん+(プラス)に方に振り切っていくと、ソースが枯渇する危険を察知して、逆に私たちからエネルギーを回収しようとします。このときに、私たちには望まないことが起こります。それが不幸であったり、災難の原因だったりするのです。そうやって、望むエネルギーだけが多くなったとき、勝手にエネルギーは調整されるのです。

逆に、自分が上手くいってないときには、-(マイナス)の状態にあると言えます。強い願望を持ったり、外影響で-(マイナス)のエネルギーを貰うことで人はこの状態になります。その時も、バランスを取るためにソースは働いてくれ、よりいつも以上にエネルギーを送ってくれるようになります。失敗した後に、いいことが有る…そんなことを経験したことはございませんか。その理由の一つに、このルールがあるのです。


そうすると、「では、自分が何か望むことが、のちに不幸になるきっかけになるのであれば、何も望まないほうがいいのではないか」と思う方も出てくるでしょう。確かにそういう生活を行えればよいのですが、人間には「欲求」というものがあります。ですので、どんなに頑張ろうとしても、何も望まないということは難しいというのが実態です。

(しかしながら、無我の境地であったり、無欲であったり…無償の愛であったりと、望まないことは非常に素晴らしいことです。望まず、与えることが幸せの一歩となる。そういう側面もあると思います。)

では、どうすればいいのか…幸せになった分だけ、不幸せになるしかないのか。実は、そうではありません。「自分が+(プラス)に偏っているときに、-(マイナス)は訪れる」のですから、自分でその偏りを調整すればいいのです。

具体的には、以下のようなことが有ります。

○+(プラス)の状態から-(マイナス)を誘発して調整する方法

  • 努力をすること。
  • 人に優しくすること、人の為に何かを行うこと
  • 物事に感謝すること

こういったことは、自分が何かを賭して他に捧げる行動になりますので、-(マイナス)の行動になります。しかし、このような行動は一般的に言う「不幸」とは違った状態だと思います。このような行動を通して、自分の状態をコントロールすることができるのです。
これらの法則は「生贄の法則」「代償の法則」「正負の法則」などいろいろな名前で呼ばれます。次にもう少し具体的な行動に落とし込んだ、この+(プラス)と-(マイナス)について書いていきたいと思いますので、次回もお楽しみ下さいませ。

まとめ:ソースには膨大なエネルギーがあるため、個人が享受することによって枯れるようなことはない。しかし、多くの人が搾取してしまうとソースのエネルギーは少なくなってしまう。これを防ぐために、個人が持つエネルギーは±0に調整される。これはソースによって調整させるが、その前に自分でコントロールすることもできる。

コメント  

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