忘れられない人。

所謂「ブログ記事」ではなく、頭に浮かんだ“言葉”や“想い”をそのまま記す
それが、カテゴリー:「ことば」


ふと、特にきっかけもないタイミングで。
過去を思い出すことって、誰しもが体験することなのかな。

「もう何年も前に、話をすることがなくなった」友人とか。
「きっともう訪れることがないだろう場所」とか。

そういった、なんてことない「過去」が頭をよぎること。
私は、結構あるのだけど。どうなのだろう。

配信ニュースに「今日から関東・甲信越梅雨明け」というメッセージが入っている。
いつもと変わらず、私はいつものカフェに出かける。

書き物を何か、仕上げないと…と少し億劫に思いながらも、自分を奮い立たせながら。

バスの中でTwitterを確認して、今日は世界はどんな感じなんだろう?
って流し読みをして。

そして今日の文章を考える…そんないつもと変わらない夕方のことだった。

ふと、ある人のことが頭をよぎった。
そう、それは7年も前にお話をすることがなくなった、1人の友人のこと。

一回りも若い彼女は、学生生活を謳歌していて。
それをTwitterを通してよく私に教えてくれていた。

別に会ったこともないし、声を聞いたこともない。
もちろん姿さえも知らない。

でも、そこには変わらぬ日常があった。
「大人」になった私が見える世界と、「大人」を目指す彼女が見える世界が交わる場所が。

結局、最後に彼女が「勉強を頑張りたい」ということでTwitterを止めてしまったのだが、別に何か大きな喪失などはなかった。
むしろ、彼女はどこかで今も生きていて、いい大人になろうとしているのだな、と感じただけだった。

それが、7年前の8月の話。

どうしてか、それが急に思い出せれた。
そのときの些細なことも、鮮明に。

当時は、Twitterに年齢規制とかがなくて自由だったこと。
それゆえ、人との交流にはある程度のリスクが伴っていたこと。

その中で歳が離れている友人を見つけることができたこと。

別に何か恋愛的な気持ちなど全くなかったけど、大切な仲間として扱っていたこと。
純粋に「出会えたこと」と、彼女が「生きていること」を喜べたこと。

我ながら、とてもとても気持ち悪いと思うが、今の沸き上がった思いを、言葉にして。
更新されることのなくなったTwitterアカウントに、送ってみた。

女々しいと思う。
過去にすがりつく姿も、今はどうなっているか分からない過去の友人にメッセージを送ることも。

そして返ってくる保証のない方法で、何かを残すことも。

それでも。

7年前には「ほんと些細な、小さな幸せ」だったこと。

それが、本当に価値があるものだと「今」は分かっている。

だから、その価値を知った今だからこそ…伝わるなら伝わって欲しいと思う。

たくさんの素敵な時間をありがとう。

と。

今日は懐かしい「Rie fu」が耳から流れている。
彼女は歌っている、「人生は船を漕ぐようなものだ」と。

確かにそうなのかもしれない。
自分の思い通りにいくこともあれば、いかないこともある。
思った以上に進むこともあれば、まったく進まないことも。

だからこそ、いつでも「自分」でいられる場所は、自分を支えていてくれたのだなと。
「今」は分かる…そう、今は。

夏本番を迎えた夕空は、綺麗な青と橙色をしているよ。
いつか、そんな話をまた出来たらいいなと思う。

そんなあなたは、忘れらない人。きっとずっと忘れられない人。

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