我慢をするべき時と、しないほうが良い時

スピリチュアルな立場から、時事問題、ちょっとした出来事を読み解く記事…
それが、カテゴリー:「毎日のみちしるべ」


毎日を生活していると、人というのは、「我慢をしなければいけない瞬間」に遭遇します。

例えば、「仕事が上手く進まないから残業しなければならない」とか、「子育てに追われていて、友人と遊ぶことができない」など。

生活の様々な場面で、我慢を強要されるということがあるわけです。
つまり、我慢は「回避ができないもの」として扱われることがあります。

しかし、その一方で「我慢は毒だ」という考え方もあります。できるだけ、我慢は「回避する」べきだ、というものですね。

残業だったらば、権利を行使して定時で帰るとか。子育てだったらば、気分転換と称して友人と遊ぶとか。


こういった判断をする上で、難しくなってくるのが「どこまで我慢をすればいいのか」ということですよね。 

権利を行使し続けたり、自分の自由を謳歌させすぎたりすると、それは単なる「わがまま」になることがある訳で。

例えば、定時だからといって、状況考えずに毎日すぐに帰るようにすれば、それは「サボりだ」と、判断されることもあるでしょうし(定時内での業務をきちんとやっていない場合)、

子供そっちのけで、友人と遊んでいれば「育児放棄」と言われたり、異性との遊びの中で「不倫」と言われることもあると思います。


さて、「我慢すべきなのかどうか」というのを判断するときに大切なのは、
「その我慢によって、自分が何を失うか・何を得るかということ」を、冷静に判断することだと思います。


仕事のケースで考えてみると、残業をするかしないかで得られるもの・失うものは以下のようになると思います。

「残業をする」…
体調が悪くなる・仕事が進み安堵する・周りからの評価が下がらなくなる

「残業をしない」…
体調を管理できる・焦りが出てくる・周りからの評価が下がる可能性がある


子育てのケースでは、こうなりますね。

「子育てを優先する」…
自由な時間が減る・子供への時間を潤沢にとれる・子育てをしていることを認知される

「友達の時間を優先する」…
自由な時間を謳歌できる・子供と向き合う時間が減る・育児放棄を言われる可能性がある


他にも、自分が遭遇する、「我慢の選択」について
「その選択を行うことによって、将来がどうなるかということ」を考えられるのであれば、

「いま自分はやりたくないことを我慢すべきなのか、それとも我慢しなくていいのか」ということを後悔なく、決断することができます。

ここで大切なのは、「我慢の選択は、自分の価値観で判断するということ」で、社会の一般的な基準に合わせる必要ないということです。

「どこまで我慢をするのか」ということは、自分の精神状態や、社会との関わりの深さとの兼ね合いになるので、

他人の考えや、世間一般の尺度で考えたとしても、現実にそぐわない答えが出るという可能性があるためです。


今、行なっている「我慢」というのは、自分のためになっているものでしょうか。
その我慢を続けることによって、もっと大切なものを失いかけてはいませんか。

また、我慢を放棄して自分がやらなきゃいけないことから目を背けていませんか。
背徳感に苛まれて、不安定な日々を過ごしていたりとかはしませんか。

今日の文章として、皆さんがやりたくないことに対する我慢を、どのように扱っていくか…参考になって頂けたら幸いです。

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