人を恨むのはもう止めよう…悪い人間が幸せになれる世の中ではないのだから

スピリチュアルな立場から、時事問題、ちょっとした出来事を読み解く記事…
それが、カテゴリー:「毎日のみちしるべ」


毎日を過ごしていると、「嫌な人」と遭遇することってどうしてもありますよね。
「特に意味もない嫌み」を言われたり、「まったく理解できない行動」を取られたりしたら「あぁ…」と思わず言ため息が出てしまいますよね。
それだけならいいのですけど…「苦笑い」がでたり「口元がひくひくする」ような思いになることもありますよね…

でも、その人を恨んだり憎んだりしてもいいことはないので、グッとこらえるようにしましょう。
「恨みの念」や「憎しみの念」が自分を包んでしまい、負の感情が自分の周りに集まってくるようになってしまうためです。
ですので、怒りや憎しみがこみ上げてきたときには感情的にならずに一回落ち着き、冷静に対処しましょう。

と、いうのがよくスピリチュアルな文章や、教えとして書かれていますが…
そうはいっても、嫌なものは嫌なもの。それ以外の何物でもないと思いませんか?

と、いうことで。今日はそこからさらに現実的な話をしていこうと思います。

抑えきれない怒りやつらさをどう処理していくか

多分、冒頭で書いたメッセージを読んで、以下のようなことを思われる方もおられるのではないでしょうか。

「でも、そうしたらひどいあいつは誰にも怒りを向けられることなく、のうのうと生きていくことになる。
なんで?悪いことをやって幸せになっていくっておかしくない?」
と。

確かに仰る通りだと思います。私もそう思います。

悪いことをして幸せになる人がいたら、面白くないですよね。
そしたら、道理も倫理もないわけでして。
最後には真面目に生きることが馬鹿馬鹿しくなるのではないかと。

でも、それでも…「人を恨むことは止めていただきたいな」と私は思っています。

なぜなら、確かに「誰かを恨んだり、憎むことで自分が不幸になる」のは事実だからです(その対象が嫌な人であったとしても…)。
私は、あなたが「嫌な人」を恨んだり憎むことによって「さらに嫌な気持ちになって欲しくないな」と思うのです。

しかしながら、それでは結局悪いことを続ける人間は、野放しのままなのでしょうか?
そして、やりたい放題行って生きていくのを、私たちはただ見ていくことしかできないのでしょうか?

いいえ…違います。今日は私がその点についてはっきり書きますね。
多少汚い言葉も使いますが、その方が伝わり易いと思うので、御了承くださいませ。

悪いことを続けてきた人の末路に、良いことはなし

まず間違ってはいけないのは、「悪いことを行ってきた人は、悪い人生を歩んで欲しい」と願うことは良くないことです。
そのように皆さんが「他人の不幸」を望まないために、「悪いことばかり行っている人が、どういった人生を歩むのか」、これから書いていきたいと思います。

まず小さな規模での話をしましょう。

これは私の経験の話なので恐縮なのですが…
この十数年、私が今まで鑑定や悩み相談を行ってきた中で、「悪いことばかり」行ってきた人が「幸せな結末を迎えたこと」は一度もありません。

悪いことをした人には、早かれ遅かれ、悪いことが起きたんです。
これは偶発的なものも、必然的なものもどちらも起きました。

・人に文句を言い続け、自分が世界の中心だと言わんばかりの人は、友達を失い孤独となった。
・嘘をついてばれない様に悪いお金の稼ぎ方をしていた人は、最終的に親族にばれて生き場所を失った
・過去を隠して整形し、あたかも成功者として振る舞っていた人は、実績がついてこず最終的に身を滅ぼすこととなった

正直なところ、あまり嫌なケースは覚えてなくて…ぱっと出る例のみを書いてみました(内容は少しぼかしています)。
が、とにかく今まで「悪いことを行った人間が、最終的に幸せになった」という話を聞いたことが有りません。
だから「迷惑を受けた人が手を汚さなくても、悪いことをすれば最終的に『報いやツケ』がまわってくるのだ」のだと言えるのです。

皆様も身の回りのことを考えてみてください。
身勝手に振る舞った人で、今も幸せに生きている人はおりますでしょうか。
きっとそんなにいないのではないかな、と思います。

「でも、それはたまたま、周囲の人間で起こっていること。世の中には悪いことをしながらも幸せになっている人もいるのでは?」と思われる方もおられるでしょう。

それでは、今度は人類全体に適用されると言われている「霊的な法則」についてお話をしていきましょう。
それは「正負の法則」という法則です。

この法則は、
「人に起こる『良いこと』と『悪いこと』というのはバランスが取れるようになっている。そのため、大きな幸せの後には、それに伴う苦労が。大きな苦労の後には、それに伴う幸せが訪れる」
というものです。

詳しくは下の記事に説明がありますので、興味がある方は読んでいただけたら幸いです。

つまり簡単に言えば「正負の法則」が平等に、この世のすべての人に適用されるため「ずっと楽に、幸せに。自分の思うとおりに、自分だけに」という人生を過ごすことは、誰もできないんです。

あなたが憎もうとも憎まなくても、悪い人間は人の道をどんどん外れていく

今まで書いてきたことを簡潔に、そしてはっきりお伝えしましょう。

何をしようが、スピリチュアルの力を使おうが、自分が行った罪は消せません。
誰かを意図して不幸せにした人や、自分だけ幸せになろうとする人は必ず報いを受けます。

よくスピリチュアルビジネスの世界には、「運気向上」・「過去の罪を消す」といった”うたい文句“のセッションやグッズがありますが、その効果を受けられるのは「自分が今まで行ってきたことと向き合って、解決してきた人だけ」です。
いわゆる「チート(cheat:ずるをすること)」は、この世ではどうやってもできないのです。

だから、悪いことを行ってきた人は「悪い人」、それ以上でもそれ以下でもないのです。
さらに限度を超えれば人間の常識が通用しない「人間ではないもの」になってしまいます。

人間ですらないものは誠に残念ながら…人間としての人生を過ごすことができません。
そういった方には「道理」とか「倫理」を前提にお話しするのは難しいのです。
それは人間だけ(というか、真っ当な生物のみ)に与えられるものですから。

だからそういった存在に遭遇したら「関わらない」のが一番だったりします。
関わらなくても、報いに満ちた日々を過ごすことになるでしょうから、あなたが何とかしようとか思わなくても大丈夫です。

さらに「道理」や「倫理」がないのですから、下手すればあなたがさらに被害を被ることになってしまいます。

「いや誰か叱ってあげないと、その人は分からないんだから」と仰る方もいるかもしれません。
私も以前はそういう考え方を持っていました。

でも、言葉が通じて考え直すことができる人は「人間」です。
しかし、今取り上げているのは「人間ですらない何か」です。
そういった存在にかける労力は、きっと無駄になるでしょう。

そして、そういった「怒りや恨み」の波動に囲まれて、あなたがさらに損をするだけだと思います。

だから、「人間だと思えない(ようなことを行ったり、考え方をしている)存在」は、
言葉のとおり「人間ではない」のでもう関わるのを止めましょう。

スピリチュアルな人間の中には、
「すべての人間は平等で、人を恨んだり、憎んだりすることはよくない。きっと、悪いことを行っている人間も何処かでつらい思いをしたり、悲しい思いをしたが故、悪いことをしてしまっているのだから」
ということを仰られる方もいます。

私も、他人を恨んだり、憎んだりすることは良くないと思います。
しかし、だからといって被った悪を許せとはいえません。
もちろん、いつかは許せればいいと思いますがそれを第三者が促すものではないと思うんですよね。

ただ、繰り返しになりますが人を恨む・憎むことが「現実に悪いこと」を引き起こすのは事実です。
だから、嫌なことをされたからといって、「こんちくしょう!」と思い続けるのは自分を不幸にします。

「恨む・憎むと自分が損をする。でも、相手を許さなくていいというなら、どうすれば?」

その答えが「関わらないこと」です。
もちろん、ここまで書いても納得ができない方もいるかもしれませんが…でも、頭の片隅に少しでも残していてくれたらと思います。

「人を恨んでも、憎んでも。自分に恨みや憎しみが集まるだけ。だが、それをすぐに許せ、とは言わない。相手が人ならざる者のとき、その怒りは当然のものなのだから。だからこそ、意図して関わらないのが良いことだ」

コメント お気軽にどうぞ

  1. 西谷恵美子 より:

    はじめました。
    今、心を憂鬱にしている事で先生のサイトにたどり着きました。
    隣のAさんから裏のお宅Bさんのお宅の生活全般の愚痴を聞いていて…気を許して同調してしまいました。
    その事でAさんがBさんに
    →私が言っていたよ!と言われてしまい…
    Bさんに→Aさんから色々聞いた!と言われてしまいました。
    Aさんがどんな言い方をしたのかも判らず
    否定も出来ず
    Aさんを憎む気持ちとBさんと普通に関わりたいのとで、栃木県にある縁切り神社ににも
    7/13(火)行きました。
    全ては同調した私が悪いのですが…
    急変な状況に心は辛く、出掛けるのにも
    お風呂に入るのも裏のBさんから見られていると思うと真っ暗にして入ったり、
    ドア穴から人気が無い時に出たり。と
    心が憂鬱で辛く、またAにBを苦手存在になりつつ
    気持ちがざわついて落ち着きないのです。
    自分で蒔いた種は自分で刈るしかないのでしょうが、どのような行動をしたら良いのかさえ今は考えがおよびません。。。
    朝から突然にすみません(*_ _)ペコリ
    ただ、ただ今は心が苦しくて

    • 彗光彗光 より:

      こんにちは、西谷さん。コメントありがとうございます。
      近隣の方との関係にお悩みなのですね。
      ちょっと長くなりますが、良かったら参考にしていただければと思います。

      まず、正直にお話すれば、Aさんに同調するのは西谷さんが仰るように良くなかったかなぁ、と思います。
      その中でやらないといけないことは、Bさんにきちんと「謝ること」だと思います。

      きちんと時間をとって「『自分が、Aさんに同調したこと』は悪いと思っていること」を伝えるのが大切かと。
      「自分が悪いことをした」と伝えることは、関係性を回復するためにとても重要なことですので。

      それで、もし。
      謝ろうとしてBさんが話を聞いてくれなかったら、ちょっと時間をあけるしかないかな、と思います。

      なんというか、今西谷さんはすごく「マイナス思考」に陥っているように見えるんですよね。
      「マイナス思考」だらけのときというのは、現実に世界でも「マイナスなこと」だらけになってしまうので、
      まずは、必要以上に自分のことを責めたり、相手を恨んだり、恐れたりすることを控えた方がいいんじゃないかな、と思います。

      「Bさんは私に対してすごい恨みを持っているんじゃないかな」とか
      「Bさんが周りの人に私が同調したことを言いふらしていたらどうしよう」とか
      「そもそも悪いのはAさんだ。自分は悪くない」とか

      そういった負の感情ばかりだと、未来もその感情の影響を受けて「負の物事」しか起きないものなので…
      なので「自分が行った悪いこと」はきちんと反省をするけど、「それ以上に悪いことを考えること」は止めるようにしたほうがいいのかなと思います。

      • 彗光彗光 より:

        ちょっと長くなったので、一度区切りました。

        ・Aさんについて
        送っていただいたコメントからしか状況が分からないので、「これが絶対に正しい!」とはいえないのですが、
        もし送っていただいた状況がすべてであるなら、Aさんとはこれからあまり関わらない方がいいんじゃないかなと個人的に思います。
        理由はこの記事の通りで、とにかくこういった方は「関わると、自分が損する」ことが多いので。

        無理に避ける必要もないんですが、これから何か同調を促すようなことを言われたら「どうなんだろうね~」と賛成も反対もしない。
        何かのイベントに誘われても、「ちょっと忙しいから~」と距離を置くようにする。

        とにかく「相手の希望のために利用されないようにする」ために、私だったら距離を置くかなぁ…と思います。

        ・縁切り神社について
        他の記事にも書いたことがあったので、もしかしたらご存知かもしれませんが、基本的に「自分が行動を起こさないと」物事って解決しないものです。
        だから、困っているときに「神様頼む~!」とお願いしても、状況は変わらないんですよね。

        でも、祈ることによって見えない存在から「ヒント」を貰えることはあります。
        神様が「おお、困っているのだね。でも、今を乗り越える経験をするのも大事だよ。だから、乗り越えるための協力をしてあげよう」と、何かきっかけをくれるわけです。
        (もしかしたら、神様が私のサイトを見ることを導いてくれたのかもしれませんが…それだったら、本当に感謝ですよね)

        だから、最終的には自分で行動することが大切だと思います。
        きっと、その行動を神様も見守っていると思いますよ!

        • 西谷 より:

          はぃ。
          ご丁寧にお返事下さいまして有難う御座いました(*_ _)ペコリ
          今は、先生のおっしゃるとおり…今、私の心は負の感情が占めていますので
          状況をみながら…
          裏のBさんにお声掛けさせてもらってきちんと謝罪したいと思います。
          また、隣のAさんは、
          先生のおっしゃる通り
          「どぅだろうねぇ~」
          ぐらいにして、上手く距離を保とうと思います。
          有難う御座いました。
          また、神頼みは私の甘えですが…
          気持ちを静め落ち着きたかった気持ちが大きく。
          また、こうして先生と
          巡り合わせてくれたのかもしれません
              
          先生、きちんと謝罪してみますので
          今回は本当に有難う御座いました。感謝です

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