自分の願いを想うことと、呑まれること…アラジンに寄せて

今映画館では、ディズニーのアニメ、アラジンの実写版が公開されております。
アラビアの街並みと共に、歌と踊りを織り交ぜた素敵なお話になっているようですね。

さて、今日は自分の願いを祈ることと呑まれることについて書いていきたいと思います。実はアラジンの中でも、ランプの魔人であるジーニーがそのことについて触れていたりします。アニメ版でも多少は話題にするのですが、この実写版の方ではより分かり易くをメッセージを伝えてくれるので、気になった方は是非ともチェックしてみて下さい。


よくお悩みを聞く中で、何かの「不足」を相談されることが有ります。お金、時間、愛情…人は足りないって思うことが多いですよね。そういう私も時々「あぁ、あれがあったらいいのにな」と思うことはあります。美味しいものが食べたくなったり、素敵な旅行に行きたくなったり、とか。

そうやって自分が欲しいものを思い浮かべているとき、それと一緒に次のような言葉が思い浮かぶこともございませんか。

「今あるもので十分なのだから、我慢をしなさい」
「贅沢は敵です」

よく言われることですよね。でも、願わないことには手にすることもできない…貧しいことが美徳…?いろいろ思案は尽きません。実際のところどうなのでしょうか。


引き寄せの法則から考えてみると、望まない物事は手に入れることができません。だから、私は欲しいもの、なりたい姿を思い描き願うことはとてもいいことだと思っております。実際に目指すゴールがないことには道はできず、歩くことができないからです。

でもだからといって望みすぎるのも考えようです。何かを手にしたときに、直ぐに新しいものが欲しくなる…車を買ったら、今度は高級車を直ぐに買おうとする…昇進をしたら、直ぐにさらにすぐ上のポストを狙い始める…こういったことはよく聞きます。つまり、自分が得たものに対して満足感が得られない。ずっと「渇き」の状態になっているということですね。

「渇き」の状態というのは、もちろん「足りない状態」なわけですので、その思いが自分を占めていると当然「足りない状態」を引き寄せていくわけですよね。そして何を得ても満足することはなく、ずっと足りなくなっていく…こういうことが起こり得ます。そうすると、高級車を買っても新しい恋人ができても会社が成功しても、「欲しい」という気持ちは尽きない、むしろ、どんどん貪欲にものを欲しがってしまうものです。


では、そうならないためにはどうすればいいのか。
それは、何かを得たときにその物事を噛みしめることだと思います。理想としては、その欲求を叶えられたことに感謝をすることですが、意識をして物事を感謝するということは難しいというもの。ですので、まずは自分が手にしたものに改めて焦点を向けるということをやってみるといいのではないかと思います。具体的に言えば、一日の中で短い時間でいいので自分が目の前にあるものを手にした背景を思い出してみるのです。例えば、今使っているスマートフォンは買った時にどんな気持ちだったのかな、とか。今の恋人・パートナーと出逢った時はどうだったかな、とか。そうやって一つ一つの事物に着目する練習をするだけで、新しいものを得ようとしたときに本当にそれが必要なのか判断する力がつき、自分が「渇いている」のか「新しいステップの為に欲している」のかを見極められるようになってきます。

きっと慣れてくれば、「新しい服が欲しくなってきたけど、そういえば家にまだ着ていない服があったっけ」とか、「部長になることを目指していたけど、今、課長という立場ももう十分立派だし、満足な日々だよなぁ」と気付けるようになってくると思います。もし、自分の欲求を見極めてみて、それでも欲しいと思えることがあったら、それはあなたの夢なのかもしれません。何にも代えがたいものが欲しい時は、きっと心から望んでいることだと思います。そういったものは、手にしたときのイメージを膨らませたときに、明るい気分になるものですし、幸せになるものです。そういった「感情のセンサー」も、とても大切な尺度です。

日々得てきたものに対して、一度改めて着目する。そうやって感覚で流されて物事を欲しないようにし、吟味をするときには自分の感情がどのようになびくのかを観察する。そして得たときに幸せだと思うものに関しては、強く願っていく。こうすることによって欲求に呑まれることはなくなっていきます。


アラジンのの中でヴィランズのジャファーはどう願いを使っていったか。逆にアラジンはどう使っていったか。今回の記事を念頭に見てみると、またアラジンの変わった一面が見えてくるかもしれません。

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