新スピリチュアル話…2.スピリチュアルは必要か

(更新日 2020/08/03)

前回の記事はこちら。

スピリチュアルなことは誰にでも必要なことなのか 

前回「スピリチュアルとは何か」ということについてまとめました。皆さんが思っている「スピリチュアル」と差はあったでしょうか。

ここでこう考える方もいらっしゃるかと思います。
「別に、『スピリチュアル』なことなんて、気にしないでもいいんじゃないかな」

そう考える方のために、今回は「スピリチュアル」の重要性について説明をしていきたいと思います。

安定した「幸せ」の条件とは

皆さん、毎日を過ごしている中で何を目指して生きていますか。
「幸せ」と答える方もいらっしゃると思いますし、「そこまで不幸ではない人生」と答える方もいらっしゃると思います。

「幸せ」「不幸」の定義は、人によって違うとは思います。

「とにかくお金があれば、人不自由なく過ごしていけるから。とにかくお金。」
と思う方もいらっしゃると思いますし、
「安定した地位があれば、どんな時でも生きていけるだろう。」
と考える方もいらっしゃるかもしれませんね。

しかしながら、こういった「お金」や「 地位」 というものは、「確実に維持できる」という方法がありません。
近頃の「流行病」であったり、「不況」であったり、災害であったり。予想外に煽りを食らうものです。 

それでは、そういった変化に及ぼされることなく、「幸せ」を維持する方法というのはないのでしょうか。
「心の平穏」というものは、自分でコントロールすることができないのでしょうか。

それに対する答えの一つが、「スピリチュアル」の中にはあるのです。
だから私は、「スピリチュアル」というものは、日々「幸せ」を意識する多くの方に関係してくるのだと思っています。

「スピリチュアル」と「幸運」・「不運」

上記の通り、生きている上で“予想外の出来事”というものは起こり得るものです。
大切な人を亡くしてしまったりとか、自分の財産が急に消えてしまうことなど…考えてみると様々なことがあります。

逆に自分が想像し得なかった、奇跡のような「幸運」に恵まれることもあります。
予想外の収入を得たり、成功の可能性が少ないことがうまくいったり。

この「一般的にコントロールできない予想外な出来事」を理解し、対応する方法が「スピリチュアル」にはあるのです。


さて、具体的な「予想外の出来事」と「スピリチュアル」の関連性について話をする前に、前回説明したことを軽くおさらいしましょう。

「『スピリチュアル』というものは『魂』に関連することである」ということを説明させて頂きました。
そして、「魂のレベルを上げるため」に、この「人生」が繰り返されているという話もしました。

「魂のレベル」を上げるためには、「一つの人生がスタートする時に決定した『課題』」をクリアすることが大事であるということですね。

実は、さらに細かく見ていくと「スピリチュアル」というものは、
「幸運」・「不運」とこの「一つの人生がスタートする時に決定した『課題』」の関連性を追求し、
「人生に起きていることがどういう理由で起きているか」を理解する、ということが多くの部分を占めていたりします。


例えば、有名なスピリチュアルな用語である「引き寄せの法則」というものは、簡単に説明すれば「自分の思考は、現実に影響を及ぼす」というものです。
この法則を理解することによって、「『思考』で自分の人生に起こることを、コントロールすることができる」と言われています。

こういった「法則」や、「原理」というものが「スピリチュアル」の中にはたくさんあります。
この「知識」や「技術」を組み合わせることによって、自分の人生を理解したり、自分の人生がより良いものになるよう、「スピリチュアル」は存在しているのです。

なぜ「スピリチュアル」の話をする時に「霊」の話が出てくるのか

話は少し戻りまして。
「スピリチュアル」は「幸運」・「不運」とこの「一つの人生がスタートする時に決定した『課題』」の関連性を追求し、
「人生に起きていることがどういう理由で起きているか」を理解することが、大半を占めているという話をしました。

「つまり『スピリチュアル』を通して『人生の課題』を手っ取り早く理解し、起こっていることを照らし合わせれば、人生で起きることを理解できるってわけだね。『人生の課題』ってやつをなんとかして知りたいもんだね」

と、思われる方がいらっしゃると思います。
でも実際は、そんなに簡単に「人生の課題」を知ることはできない、というのが現状です。

その理由として、ただ単に「課題」を知り、その「課題」に取り組もうとしても、「どうしてその課題を設定したのか」ということを、自分が理解することができないためです。


ロールプレイング・ゲームを例に考えてみましょう。

勇者は、世界を恐怖に陥れている魔王を倒すために、冒険をしていきます。
その最初の一歩として初めて「街」にたどり着きました。

そこで、住人に言われます。
「魔王を倒すには、『遊び人』を連れていき、育てるのがいいぞ!」と。

そこで、あなたは最後の魔王を倒すまで、「遊び人」を連れて行くでしょうか。
「遊び人」の必要性を理解できない場合、連れて行かないのではないのでしょうか。

物語の終盤、「遊び人」が最後の最後、強い敵に“とても効く技”を覚えるとして、その事実を知ることでやっと「遊び人」を育てる人が多いと思います。

つまり、人間は「その物事に取り組む必要性を理解できない限り、その事柄には取り組まない」のです。


「人生の『課題』」についても、同じだったりします。
仮に「人生の『課題』」はこれだ、と言われても自分で納得をしない限りは、その事柄に取り組まないと思います。

人生の中で同じ失敗をしたり、辛く感じることを経験して、人は真の意味で「人生の『課題』」を理解するのです。
「ああ、もう悲しい思いをしないために、自分は変わらないといけない。」と。

しかし、ずっと課題が理解できない時には、同じ過ちを繰り返すだけになります。
その時には、もちろん「人」ですので、精神的には困窮してしまいますし、非常に辛い毎日を過ごすことになると思います。

そういった時に、自分が生まれてくる時に課題を一緒に設定した仲間たちから、メッセージをもらうことができるのです。
そのメッセージをくれる対象というのがいわゆる「霊」だったりするわけです。

自分の人生を歩むことを助けてくれる「霊」たち

ただ、この「霊」という存在も、私たちが経験の中で「課題」を突き止め、解決することを祈っている存在です。
ですので、聞けばすぐに「人生の『課題』」というものを教えてくれるわけではありません。

なぜなら、私たちを見守ってくれている「霊」というものは、私たちが「魂のレベル」を上げることを望んでいるためです。
「霊」が自分が生まれ持った「課題」というものを簡単に教えてしまえば、課題の重要性を知るために必要な「経験」というものを、私たちは体験しないことになります。

それでは、生まれてきた時に設定した「課題」というものの意味がなくなってしまうわけです。
「辛い体験」をすることで、「変わること=課題をクリアすること」の必要性を感じるわけですね。

この、私たちを助けてくれることがある「霊」の存在については、また改めて説明させて頂きますが…誰にでもついているものです。
自分が生まれ持った「課題」をクリアするためのサポート体制が、すべての人にできているということですね。

ちなみに、「チャネラー」という「霊」からのメッセージを聴く人がいますが、チャネラーは、必ずしも「人生の『課題』」を「霊」から聞けるわけではありません。
聞けるものが、課題を知るための「ヒント」止まりだったり、時には「間接的な話」だったりすることがあります。

さらに言えば、「霊」というのは様々な方法でメッセージを伝えてくるので「必ずしも『霊』のメッセージを受け取れる人の世話にならなきゃいけない」というわけではありません。
ただ、いわゆる霊能者は明確なかたちで表してくれる人が多いので、困ったときには頼ってみるのも一つの手です。

まとめ

「幸せに生きたい」「不幸にはなりたくない」といった人生を歩むことに、「スピリチュアル」は有用である。
それは、自分の人生の中に出てくる「偶然」と「人生の課題」の関連性を追求しているためである。

「困難」とは、自分が生まれ持った「課題」に深く関係しており、「課題」を乗り越えるために、誰にでも味方となる「霊」が存在している。 

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