学校で真面目に勉強することは無駄なのか

スピリチュアルな立場から、時事問題、ちょっとした出来事を読み解く記事…
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こんばんは、彗光でございます。
今日は「大学」を始めとする「学校」での過ごし方についてについてお話していきます。

過ごし方といっても「学校」は沢山の側面を持ってるので…
今日は特に「学校で真面目に勉強すること」についてまとめていきます。

さて。

今まで学校に通ったことがある人
そして、
今も学校に通ってる人

の、どちらかに当てはまる人にお尋ねします。

「学校に真面目に通って勉強すること」は「無駄」だ…と断言する人を、今まで見たことはありませんか?

「勉強しても無駄(これはあんまり言われないかも)」。
「勉強するぐらいなら、企業訪問とか就職に関係あることをした方がいい(これはよく聞きますね)」。

実際のところ、こういった話を聞いたことがある人が大半で、
「そんな話聞いたことない」
という方はほとんどいないようです。

さて…本当に「学校で勉強を真面目にすること」は無駄なのでしょうか?
他の…職業に関することを進めた方が将来のためになるのでしょうか?
勉強することに価値がないのなら、サボってしまっていいのでしょうか?


結論から申せば…
状況によって変化することもあるので、一概に全ての事象を対象にはできませんが…

真面目に「学校」に通うことは「無駄」ではありません。

…まあ、この事実を社会人になってから気付いた、という方もおられるでしょう。

とにかく。
「学校で真面目に勉強すること」というのは、大人になってから非常に役立つのです。

もしかしたら、
大学などで学んだことが、「大人になっても活かされない」ということは起きてしまうかもしれません。

しかし、その工程である「新しい知識を得るために努力をした」という「軌跡」や「経験」が活かされないことはないのです。

「いや、他の人が勉強してる間、良い企業に媚びを売ったり、関係を深めたら『安定した将来』は約束されるんだから、『軌跡』も『経験』もへったくれもないでしょ」。

そう思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

では、そういった方に伺いますが…

人生の目的は、「良い企業に入ること」なのでしょうか?

別にこれは「良い企業に入りたい」という夢を否定しているのでありません。

簡単な話です。
「良い企業」に入りたい人は、その企業で「良い収入」や「社会的地位」を求めているのではないでしょうか。

そういった「一般的に人が生活で求めるもの」というのは、「成果」を出した人にのみ渡されるものです。

さて。
「学校」という「決められた場」で、自分の価値感のために「勉強」という「課題」をクリアしなかった人が、「仕事」というフィールドで活躍できるのでしょうか?

もし、仮にできるとしても…

今まで「課題」をサボってきた人材を優先的に採ろうとする企業に未来はあるのでしょうか?

それだったら「努力したこと」や「頼まれたことに応えること」を評価する企業に入りたいと思いませんか。

実際、学校での成績が良い学生というのは、不景気でも積極的に採用をされているようで…
世の企業さんの中には、「学校」での「努力」をきちんと評価する企業もあることを実感できます。

ここでちょっとだけスピリチュアル視点でお話しますと…

「サボろう」
「ズルして就職しよう」

と思って生きている人は、その「想い」により「サボろう」、「ズルしよう」という人が集まる場所に導かれるものです。
いわゆる「引き寄せの法則」によるものですね。

逆に「真面目に生きよう」としてきた人には、「真面目」が集まる「場」が自然と準備されるものです。

だから、スピリチュアルの側面から見ても…基本的には「人には人に会った企業」が導かれるものです。

(ただし、カルマの影響とか命題とかの話も関わる可能性もあり)

まとめますと。

今、勉強する立場にある人は…
周りの人がどう言おうとも、出来る限り勉強は頑張った方がいいと思います。

もし、何かの事情があって「やらない」、「やれない」場合には。
勉強に代わる「何か別のこと」に情熱を捧げるべきだと思います。

「ズルしようぜ!」という声や「俺は世渡り上手だから」という自己肯定の声に騙されず。
地道にコツコツ、生きていきましょうね。

地道な道が一番の近道…
そんなことも良くあるのです。

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