本当の自分とは、何なのでしょう。
このご時世、とにかく忙しさと満たされない心に支配されがち。その中で、思うこととして「自分って何の為に生きてるのかなぁ」ということがあると思います。
キリスト教でも、仏教でも、人というのは皆、公平なもので。そして、皆、同じように神の守護や見えない霊達の守護を受けているのです。
ただ、「公平」っていう言葉は理解が難しく、「生まれ持ってきた課題を誰もが解決するよう、生きることができる」ということだったりします。全ての人が共通の課題を持って生まれてきている訳ではないので、人によって、人生の課題も、人生の幸せも違うのです。ただ、皆幸せになることはできる、これは確かです。
さて、冒頭の話に戻って。
「本当の私とは何か」に気づく為に必要なこと、って何なのでしょう。
それは、自分に正直になることだと思います。そうすることによって、自分が何が好きで、何が嫌いで、何を大切にしたいのか、何のために生きていきたいかを知ることができる訳です。
この正直になる、ということですが、なかなか難しい。でも、皆さん何か物事を行なっている時「本当の自分」が見える時ってありませんか?そして、その「本当の自分」に反して動いている時ってありませんか?
- 「本当はダメだと思うんだけど」
- 「しょうがなくやってるけど」
- 「あれは絶対におかしいと思うんだけど」
こういった思いになった時は、「本当の自分」に反して動いている時が多いです。自分に嘘をついてたり、大切にしてあげてなかったりするんですよね。
確かに、このご時世、我慢したり、譲らないといけないことはとても多い。
営業の仕事をすれば理不尽なことに頭を下げないといけないだろうし、社内にいても、自社の仕事に納得がいかなくなったりもする。家にいれば自分の努力を評価されることなく、楽してると思われることも沢山ある。
それで「なんだこの野郎!」と思うことはあっても、グッと堪えないといけないという機会は沢山あると思うのです。
でも、その耐えることや、自分に嘘をつくことに自分が支配されると、自分が自分から抜け出したようになり、自分が何なのか、分からなくなるのです。
だから、自分を否定しないようにすること。もし、誰かの為に我慢をするなら、自分の考えを否定するのではなく、我慢してる自分を肯定してあげること。そして、自分が自分から離れないようにするのが大切なのです。そして、過度な負担になってる時は、周りの声など気にせずに抜け出すことです。
また、我慢など関係なく、自分がコントロールできなくなり本当の自分に反してしまう時は、止まるようにすること。
- 「こんなことやっちゃいけないんだけど…」
- 「相手の気持ちも分かるんだけど…」
そんな時には深呼吸をして「自分の為に」留まるようにすることが大切です。
そうやって自分の本当の思いに反して、感情のままに行動をしても、自分が大切にされることはないし、後で後悔をするだけです。
誰かを傷つけたって、自分の心は満たされない。
誰かを傷つけたって、自分が褒められることはない。
だから、自分を大切に、尊い存在であるままにする為に、感情をコントロールしておきましょう。
全ては、本当の自分を知って、自分が自分から乖離しないようにして。一番大切な自身を疑わないようにする為に。
コメントを残す